2023/02/19

読書感想「クララとお日さま」

おはようございます。
今朝の白岡は曇り。
気温5℃。

 徐々に日が長くなっており、春が近いなと感じていた日の翌朝


 昨日久しぶりに地元の図書館に行き、借りて一度延長し、一ヶ月手元にあった本を返却してきた。夕方4時半過ぎに行ったのだが、以前ならすっかり暗くなっていたのにまだ明るくて、「あ〜、着実に春に向かっている」と感じたのだった。

 返した本の一つが「クララとお日さま」(カズオ・イシグロ、土屋政雄訳、早川書房)で、カズオ・イシグロがノーベル賞受賞後に書いた本だ。それまで友人たちの評判としては、カズオ・イシグロはあまり芳しくない(内容が暗くて無理...^^;)だったが、親戚の方がこの本を読まれたと聞き、題名にも興味を持って読んでみたのだった。


 クララというのは主人公の女の子かと思いきや、実は本書でAFと記述されるロボットのことで、全編このクララの語りで話が進行する。AFとはArtificial Friendの略で、人工知能を持ったロボットの親友という設定だ。

 クララをAFとして選び(買い上げ)、友達づきあいをすることになるジョジーという少女は病弱で死に向かいつつあり、このジョジーを巡って織り成される家族と幼馴染みの人間関係がいくつかのエピソードとなり、それらに対するクララの無垢の思いが言葉になって展開されてゆく。

 最初のうちは、このAF:クララの負の要素のない語り口が鼻について、「なんじゃらほい」といった感想を抱き、読むのが少々苦痛にも感じたのだが、それにも慣れてくると、むしろ心地よさを感じるようにもなって、3/4を過ぎてからは一気に最後まで読んだ。

 最後はジョジーにとってはハッピーエンド、クララは役目を終えて、寂しい最後の場面となるのだが、このとき前触れなく不意に涙が溢れてきた。
 それは自分の過去の記憶、名古屋の実家を訪ね、また埼玉に帰るときに、両親がいつまでも見えなくなるまで手を振って見送ってくれたことが思い返され、突然クララがジョジーに捧げてきた無垢の思いが、親が子に持っていた思いと重なって感じたからだった。

 状況設定として、本書にはさまざまな問題提起(格差社会など)がある、と作者は言っているようなのだが、本書の冒頭に「母に捧げる」とあるように、もっとも大きな主題は「親の無償の愛」なのだと感じた。本書ではそれは皮肉にもAF:ヒト型ロボットが体現しているのであるが。

 (余談1)細かいことを言えば、近頃なにかとAI(エーアイ)という言葉が便利に使われ、何でもできそうとか、本書のクララのように感情も自在に持ちそうなふうに言われることもあるけれど、現実的にはそれはあり得ないことで、あくまでプログラムが想定した範囲に限定された無機的なものなので、本書はあくまでもファンタジー小説として楽しみたい。

 (余談2)カズオ・イシグロは元々は日本人として生まれたので、日本文化の素養もあると考えられるのだけれど、病弱のジョジーはなぜジョジーと名付けられたのかと思ったとき、そうか「女児」からの連想だな、と(勝手にですが)思い当たり、なかなかやるじゃんなどとにんまりしたのだった(笑)