2026/05/09

誰でもモデルの時代?

 AIによる画像生成は、写真モデルの職を侵食するな〜と思う朝



 最近のスマホアプリの進化は凄まじく、いつの間にかGoogle Photoの機能の一つとしてAIによる画像編集が付いていたりする。
 つい先日までそんな機能があることを知らなかったのだが、親戚の方がそれで作成した画像を送ってこられ、その出来栄えがとてもよかったので、心を動かされ、私も少し使ってみることにした。
 初めは遊びのつもりだったのだが、やってみるとこれが遊び感覚の上をいく出来栄えで、思わず「う〜〜〜ん」と唸らされた。
 広告のキャラクタモデルでは、既にAI生成によるものが存在しているけれど、まさか自分の写真を使って、自分をモデル風にできる日が来ようとは!と思わされたのだった😁

Google Photo・作成機能


 作成をタップすると表示される機能一覧からリミックス機能を選ぶと、いろいろなテンプレートが表示されるので、適当に選び、元になる写真を選択してやると、そのテンプレートに則した画像が自動的に生成されてくる。
 生成されたものが気に入らなければ、再作成できるので、結果は(自分の)満足度の高いものとすることができる。

リミックスを選ぶと表示される画面(一部)

 例えばこの中のファッション雑誌の写真撮影風にすると選んで、好みの写真を指定すれば勝手に作ってくれるというわけだ。ここでは適当に顔写真を選んでやってみた。

元にした写真
某老人です🤗

 するとしばらくして次のような画像が出来上がってくる。(実際は全身像なのだが、手作業で一部切り出しをおこなった)

ついにシニアモデルデビューか?🤣

 この出来上がった写真を元にして、その他のテンプレート、例えば「写真を柔らかな水彩画に変換」を試みると、次のような画像が生成される。

水彩画風
絵葉書に使えそうだ

 これをアールデコ調にしてみると、

アールデコ調
なんだか若返った気分^^

 いやはや、なんとも楽しいAI編集作成機能だと思った。
 しかも無料で!と言いたいところなのだが、生成画像の商用利用については、Googleとのなんらかの契約が必要かもしれない。

 ただ、こうして作成した画像をFaceBookのプロフィールに使ったら、誰もAIによる生成とは気づかなかったから、ある意味恐ろしいと思うべきなのかも。
 そう思っていたら、イタリアのメローニ首相の水着写真がSNSで拡散されていて、まあ美人になっていたようだからメローニ首相も苦笑したそうだけども、一応「あれは反対派によるフェイク画像だ!」とご本人が警鐘を鳴らした、というネット記事が目に入った。

 誰でもモデルになれるけれども、使い方を間違えると危ないことにもなりかねないので、法的な対応整備ができるまでは、しばらくは注意が必要のようだ^^;

2026/03/28

乾通り通り抜け

 先日、春を告げる皇居乾通り通り抜けに久しぶりに参加した



 3月21日より始まった令和八年度の春季皇居乾通り一般公開に、この26日、生憎の雨だったけれど、友人と二人で行ってきた。本来ならトレック同行会の面々と休日に出かければよかったのだが、諸事都合があり、平日に、隠居二人での参加となった。19日に桜の開花宣言があり、26日には満開だろうという読みもあった。

 11時に東京駅丸の内中央口改札で待ち合わせ、皇居に向かう。丸の内中央口での待ち合わせは初めてで、北口、南口に比べ、かなり狭いことを知ったが、人を探す手間がなくて待ち合わせの場所としてはいいかもなどと思った。ただ、歴史的建造物という感慨をほとんど感じないのは残念なところかも。

 雨降りの平日なので人出は少ないかなと思ったのだが、意外にも東京駅から皇居方面に歩く人が絶えず、観光客も多くいて、このイベントに対する関心の高さを感じた。なんと言っても皇居の中に堂々と入り、しかも皇居内の満開の桜を眺めながら優雅にそぞろ歩きできるのだから、またとないチャンスなのだ。
 
 入り口となっている坂下門の手前に手荷物検査場があり、危険物を持っていないか厳重なチェックを受ける。ただ、基本的には口頭による申告なので、やや甘いかな〜などと余計なことを考えたのだが、平和な日本はこれでいいのだ(今のところ)。


 さて、写真をいくつか撮影した順に掲載しておきます。

乾通りのかわいい桜の木と某老人
桜の木はまだ若い😆

 門長屋
江戸時代の情緒が残っているように感じる

富士見多聞(長屋形式のやぐら)、桜、同行した某A博士
向こう側は皇居東御苑でこの富士見多聞内部の一般公開がされている

枝垂れ桜と観光客
撮影スポットとして多くの人が足を止める

道灌濠
元の江戸城を築城した太田道灌にちなむ

江戸城本丸に向かう道

桜雨の日もまた良し^^;


出口の乾門に向かう

乾門の前に佇むA博士

乾門を出たところ


乾門遠景
北の丸公園側より

 乾通りの通り抜けは、正味30分ほどで終わるので、その後近くにある科学技術館に立ち寄り、地下のレストランにて昼食を摂った。

昼食はカフェ・クルーズにてビーフカレーとコーヒー
乗ってるカツはなぜか豚カツ、二人分で合計税込み¥2,660

 その後、東京国立近代美術館に立ち寄った。シニアは無料なのが嬉しい。
 近代美術館の中に「眺めのよい部屋」という展望休憩室があり、皇居が一望できる。

眺めのよい部屋からの展望

眺めのよい部屋から見る北桔橋門と東御苑(江戸城址)

 近代美術館は日本で最初の国立美術館で、13,000点超の国内最大級コレクションを誇り、見るべきものがたくさんある、たいへん素晴らしい美術館だ。
 この美術館については書けば長くなるので省略するが、乾通りを通り抜けた後には必ず立ち寄りたい美術館だと思った。

2026/01/06

2026年 迎春

 少し遅れましたが、新年明けましておめでとうございます。


 昨年の9月以降ブログの更新ができずにいました。
 個人的事情としては、昨年夏に脊椎管狭窄症と診断され、足の痺れと痛みによって間欠性跛行が生じ、日常生活がなんとなく不自由となって、色々と気力が湧いて来ない日々が続いていました。
 ブログといえども、健康な状態でないと更新もままならないというわけです。

 脊椎管狭窄症というのは、背骨の中を通る神経の通り道「脊柱管」が何らかの原因で変形して狭くなり、神経を圧迫することで、痛みやしびれとなって現れる症状のこと。普通は手術によって脊柱間隔を広げるようなことをしないと完治しないと言われている、厄介な症状のことです。
 痛みを和らげるために、日々ストレッチや体操などを心がけてはいたのですが、なかなか改善しないので、もう一生この痺れや痛みは解消しないのかも?などと諦めかけていました。
 ところが、昨年の12月も中旬を過ぎた頃から、あ〜ら不思議、それまで常に感じていた足の痺れが消え去り、歩いても全く痛くならない状態になっていました。それはある日やって来た突然の変化。
 なぜ痺れなどの症状が解消したのかについてはよく分かりませんが、いずれにせよ運命の女神が微笑んでくれたのは間違いのないことと感じています。あなうれし。

 というわけで、2023年の春に発症した坐骨神経痛から始まって、2025年の脊椎管狭窄症に至るまで、足掛け三年ほど悩まされた足腰の痛みからようやく解放されたようで、なんとも嬉しい2026年の幕開けとなりました。

 2026年、AIの本格的な応用が社会のさまざまな分野で顕著になるかと思われますが、人間にとって健康第一は譲れないところ。AIをうまく活用して、ますます健康で平和な世の中となりますようお祈りいたします。

Gemini3.0で描いた「富士と雪原を疾走する馬」の画像


Gemini3.0で絵を描いた年賀状

2025/09/28

韓国再訪(2025/9/18 - 20)

2025/9/28(日)6:00 am
白岡市:晴れ
気温21℃

 4年ぶりの韓国、空港ストのニュースに慌てるも、混乱なく帰国


 9月18日から三日間、私用で4年ぶりに韓国を訪れました。

 技術顧問時代に開設した現地銀行口座の解約をしていなかったため、少ないながらも残高を整理しておこうと、思い立ちました。航空会社から「マイレージ、間も無く失効」の通知が来ていたことも、渡航を決めた一因です。

 そこで、現地で今も頑張っておられる日本人の知人M氏に連絡を取り、日程を決めました。しかし、出発直前になり、「9月19日から韓国の空港でストライキがあり、欠航はないと見込まれるものの、相当混乱するだろう(3〜8時間の遅延がありうる)」というニュースが飛び込んできました。さあ大変、どうしよう。一旦キャンセルして仕切り直すべきかとも迷いましたが、滅多にない事態に遭遇できる機会に、怖いもの見たさの野次馬根性が刺激され、結局そのまま渡航を決行しました。

 結局、19日から始まり秋夕(韓国のお盆、今年は10/3〜9の7連休)まで行われると言われていたストライキは、幸いにも帰国する20日には行われず、通常通りの様子で、帰国便も定刻運行だったので、少々拍子抜けでした。しかし、解決したのかと思いきや、現在もストライキは継続しているとのことで、空港側(特に仁川空港)としては、旅行客に混乱の起きないよう万全の体制を整えるとしているものの、ある程度の遅れなどは想定しなければいけないようです。これから10月上旬の間に訪韓される方は、ご注意ください。

 さて、4年ぶりに訪れた韓国、目的だった銀行口座清算の方は、窓口で丁寧に対応してくれて問題なく終了し、ホッとしました。窓口での書類作成は、対話しながら大きなタブレットに表示される項目を電子ペンで確認・サインすればよく、効率よくテキパキ進みました。日本の銀行窓口とは少々異なる光景ですが、ITの活用が進んでおり、利用者にとって便利だと感じさせます。

 4年経つと、街並みも少し変わっていました。4年前にまだ残っていた加山デジタル団地内の煉瓦造りの古い建物は、立派な高層ビルに生まれ変わり、また、知人M氏が住んでおられた低層アパートも高層アパートへの建て替えが完了し、来年春には再入居されるそうです。色々と問題を抱えているとも言われますが、ソウルのダイナミズムを強く感じました。

(ここまで、Geminiで文章を校正してもらいました。元の文章全体を「です、ます調」に統一し、冗長なところを修正してくれたのですが、AIの文章って分かりましたか?(笑)。ここから先は自作文章です。)

成田から仁川へ向かいます

山梨県側からの富士山
座席前のモニターに表示された富士山

間も無く到着
アシアナ機(韓国)故、独島(竹島)を強調表示

 座席に設置されているモニタに映る飛行経路の地図には、韓国の航空会社らしく、竹島が韓国での呼称「独島」として強調表示される。いつも思うことながら、日本の航空会社では対抗して「竹島」と表示しているのかな?

 さて、無事に仁川空港に到着し、まずスマホを使えるようにするため通信会社を探す。以前SKテレコムを使っていたので、今回もそれにした。三日間、音声通話とデータ通信で、約2,000円。韓国ウォンを持っていなかったのだが、クレジットカードで支払いができた。基本的に韓国国内で現金を使うことはまずなくて、コンビニでもどこでもクレジットカードがあれば大丈夫なのはありがたい。

 さてさて、色々とその他にもエピソードがあるのだが、長くなってしまうので、以下写真だけをいくつか掲載しておくことにします。

ソウル市内で水素バス(燃料電池バス)発見
東京都内でも走っているらしい

お昼に食べたサンゲタン
流石にこれを食べると元気もりもりになる

ソウルのアパート(日本のマンション)
ベランダ側は防寒対策で全てガラス張りとなる

光明十字路の交差点歩道で見かけたキックボード
契約している人だけが使える

光明市内のeMartで買い物

光明市にある光明伝統市場

カニや鮑なども売られている

シャインマスカットを売っていた
2Kgで5000ウォン(550円くらい)安い!
ただし、味は日本のものに比べるといまいちとのこと(M氏談)

 4年ぶりに訪れた韓国、大統領が代わり、対日政策などもまた反日に舵を切るかと思われたけれど、コンビニやスーパーに行けば日本製のビールが溢れ、日本語そのままが印刷されているお菓子や雑貨なども目につく。銀行では日本のアニメオタクの受付のお兄ちゃんがいて、アニメ関連のミニフィギュアをキーホルダーに鈴なりにしているものを見せてくれたり。Netflixでは、鬼滅の刃、怪獣8号など、日本のアニメが日本語のまま放映されていて驚いたり。日本と韓国の関係も少しずつ改善しているのかな、と思ったことだった。

2025/06/26

漫画で「奥の細道」

芭蕉の名句、どんな状況で作られたか知っている人は少ない


 「奥の細道」といえば知らない人はいないくらいに有名だ。ただし、漠然と松尾芭蕉の紀行文くらいと覚えてはいても、内容を読んだ人がどれくらいいるのだろう。有名な最初の書き出しくらいは微かに記憶にあるかもしれないが。

 月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。

 しかし、たとえ奥の細道を詳しく読んだことがなくても、次のような芭蕉の名句を知らない人はいないだろう。

 (平泉)  夏草や 兵どもが 夢の跡
 (立石寺) 閑さや 岩にしみ入 蝉の声
 (最上川) 五月雨を あつめて早し 最上川

 恥ずかしながら、かくいう私も「奥の細道」の文庫本や、「えんぴつで奥の細道」という書写本を持ってはいても、実は内容には目を通したことがなかった。つまり積読状態で、やはり古典は読み始めるにはハードルが高い。
 そんな私が図書館で最近ハマっているマンガ日本の古典シリーズの中に、この「奥の細道」を見つけたとき、これはもう読むしかないと思った。


 私が好きな漫画家、矢口高雄さんが描いているのも嬉しい。
 というわけで、早速白岡図書館で借りて読んだのだった。

 奥の細道は江戸深川の芭蕉庵を出発地とし、終着地岐阜大垣までの全行程約5ヶ月間の各地での出来事に、折々の俳句を読み込んでいる紀行文なのだが、漫画では主に行程の三分の一、奥州平泉から月山までの出羽路の部分が描かれている。
 著者の「あとがき」によれば、平泉からの出羽路が、もっとも奥の細道らしく、そこで詠まれた歌が「奥の細道」を代表する名句ともなっていることから、そこに焦点を当てたとのこと。
 確かにこの本を読むと、奥の細道が分かったような気にさせられるから、著者の狙いは間違っていないと思われる。全体を知りたい人は、この本を読んだ後、さらに原典にあたればよいのだ。

 漫画の良さは、何よりその可視化された情景描写力にある。ここに作者の力量が現れるから、奥の細道は矢口高雄さんで正解だったと感じる。
 たとえば、有名な句の成り立ちが分かる描写がある。

初案句: 五月雨をあつめて涼し最上川
 
 これは、最上川の河港、大石田の高野一栄の元で催した歌仙連歌一巻の発句とされているもので、芭蕉の目に映った最上川がいかにも涼しげであったことを物語る。

完成句: 五月雨を集めて早し最上川

 ところが、いよいよ出立して、川船に乗り最上川を下ってみると、奥の細道に次のように描かれているような危うさを感じた。

 --- 仙人堂、岸に臨みて立つ。水みなぎって舟危ふし。

 この最上川の状態は、もはや「涼しさ」では表しきれず、やはり「早し」がよかろうということになって、現在に知られる完成句となったのだった。

 マンガ日本の古典「奥の細道」では、このように「奥の細道」に描かれた内容だけにとどまらず、いろいろな先人達の研究成果を踏まえて、その旅の途中で催された歌仙連歌の催しでの句やそのときの様子をも描いて、芭蕉の足跡を生き生きと描くことに成功している。それとともに、いわゆる名句となっているものが、数度の推敲を重ねた結果として生み出されたことを教えてくれている。

 漫画で読んでみて、結局文庫本の方も、つまみ読みではあるが、今回目を通すことになり、「奥の細道」に対する関心と理解が深まったように思う。それだけでなく、この日本の伝統文化を支える人々が、もう350年以上も前から全国にいて、活発な活動をしていたことを知り、目から鱗が落ちる思いをしたのだった。

文庫本「新版 おくのほそ道」
原文と解説が一冊にまとまっている

2025/06/17

漫画で「和泉式部日記」など

日本の古典文学は敷居が高く思えるけれど、漫画なら気楽かも


 図書館に行くと、書店ではみたことのないような珍しい本に出会うことがある。もっとも、最近はよほど面白いものでない限り、長い文芸作品を読もうとは思わないので、ついつい気楽に読める漫画コーナーに足が向く(笑)
 しばらく前に、福岡の親戚から赤塚不二夫の描く漫画の古典入門シリーズ 「源氏物語」と「枕草子」をお借りして読んでみたのだったが、これが赤塚不二夫の描き方が上手なこともあり(原作者は怒るかも?笑)、たいへん面白かったので、他にもないかと探すようになっていた。
 というわけで、先週の土曜日に「マンガ日本の古典」(全32巻、中央公論社)というシリーズが絵画・芸術のコーナーにあるのを見つけ、とりあえず次の3冊を借りてきた。 
 マンガ日本の古典1 古事記(1994/11、石ノ森章太郎)
 マンガ日本の古典2 落窪物語(1997/10、花村えい子)
 マンガ日本の古典6 和泉式部日記(1997/4、いがらしゆみこ)

マンガ日本の古典1 古事記
石ノ森章太郎ワールド全開だ

 古事記については、断片的には、因幡の白兎の話や、スサノオのミコトがヤマタのオロチを退治して草薙剣(三種の神器の一つ)を得た話など、 知ってはいるのだが、全体の流れは知らず、今まで本で読もうとしても途中で挫折していた。出てくる神々の数がやたらに多く、退屈になってしまうのだ。今回石ノ森章太郎の手になる漫画では、これはイメージが楽しく、飽きさせないので一気に読むことができた。ところが後書きを読むと、古事記は上・中・下の三巻からなっているのだが、この漫画本はそのうちの上巻だけを漫画にしたとある。
 流石の石ノ森章太郎にも三巻全てを漫画化することはできなかったようなのだが、読者としては、古事記の世界を十分堪能させてもらったので、よしとしたい。

マンガ日本の古典2 落窪物語
白雪姫の元ネタのようなお話

 落窪物語というのは、そもそも題名すら知らなかったのだが、源氏物語よりも前に書かれた世界最古の物語の一つで、継母にいじめられる高貴な生まれの姫が、立派な若君(やがて太政大臣になる)に見初められ、親身に補佐する女官などの助けを得ながら幸せになってゆく、いわば白雪姫のお話のよう。もっとも、白雪姫は魔法が混在するファンタジーなお伽噺であるのに対し、落窪物語は当時の平安京の貴族社会の風習や恋愛観が反映されたけっこう現実味のあるお話だ。この本を読んで源氏物語を読めば、理解がいっそう深まるのかもしれない。

マンガ日本の古典6 和泉式部日記
女性が主人公の源氏物語のよう

 和泉式部日記というのは、なんとなく高校の時に名前を覚えた記憶があった。三年ほど前に姫路のSpring8の友人を訪ねた折に、姫路城と書写山円教寺にも足を伸ばしたのだが、その円教寺に和泉式部日記の作者と伝わる和泉式部の歌塚があり、急に身近に感じたことが思い出さた。

書写山円教寺(天台宗)全景図
書写山円教寺は、西の比叡山とも称される格式高い寺院

書写山と和泉式部
円教寺を創設した性空上人と和泉式部の歌のやりとりの伝説が伝わる

 今回改めてこの写真の説明文をよく見てみると、円教寺を創建した性空上人は敏達天皇の末、橘姓と書いてある。なんということ!、信じる信じないは別にして、我が家に伝わる家系図によれば、始祖は敏達天皇で、橘姓だ。こんなところにも因縁を感じて、和泉式部がさらに身近になった。(信じるものは強い(笑))

 本の内容そのものは、和泉式部と敦道親王という実在した二人の人物の10ヶ月に渡る恋愛模様を描いているのだが、どこまで脚色が入っているのかは知る由もないことだ^^;
 いずれにしても落窪物語を読み、平安貴族社会の様相を頭に入れた後に読めば、すんなりと和泉式部物語の世界に入っていくことができる。源氏物語はこのマンガ日本の古典シリーズの3、4、5巻になっている長編なのだが、それに比べれば一冊にまとまっている和泉式部日記は、当時の人にも読みやすかっただろうと思われた。

 今回古典を漫画で読んでみて、文章だったら絶対読まないものが、こんなに手軽に読めるというのは、言うなれば才能ある漫画家たちが活躍する日本の文化的恩恵だなぁとつくづく感じたのだった。

2025/05/25

復刻本「伊豆の踊子」を読んでみた

 川端康成の「伊豆の踊子」は、青春の日の遥かな記憶かな


 「伊豆の踊子」といえば、ノーベル文学賞作家・川端康成の代表作の一つで、私の世代の青春真っ只中、1974年に6回めの映画化もされ、主演した三浦友和と山口百恵がその共演をきっかけにして結婚するに至るというオマケまでついた、忘れられない物語だ。
 調べてみたら、2回めの映画化(1954年)では美空ひばり、4回めの映画化(1963年)では吉永小百合が踊子役を務めるなど、何かと話題の作品でもあるのだった。

 その「伊豆の踊子」の復刻本を福岡の親戚から頂戴したので、読んでみた。何を隠そう、実は題名は知っていても、一度も読んだことはなかった。

伊豆の踊子(復刻本の外箱)
昔の本はこういう箱に入っていたようだ

 復刻本というのは、その本が出版された当時の外観や装丁を忠実に再現していて、その当時の雰囲気がよく伝わってくる。

 今回頂戴したものは、近代文学館の「新選 名著復刻全集」の中の一冊で、この本自身、昭和55年(1980)2月発行だから、すでに発行から45年が経過しているヴィンテージものだ。それでも本自体は少しも傷んでおらず、新品同様で、親戚の方が大切にしておられたことが伝わってくる。貴重なものだなと改めて思った。

復刻本の表紙見開き
表紙には山の絵に、小さく Mount AMAGI と書いてある

 川端康成の「伊豆の踊子」は昭和2年3月初版発行だから、それから53年を経て復刻されたというわけだが、その復刻からもすでに45年が経過したものを、令和7年(2025)になって初めて読むのだから、人生何が起こるか分からない。初版から98年を経て、ついに読むことになった。

初版本の奥付けもちゃんと復刻されている
昭和貮年三月二十日發行、定價壹圓五拾銭とある

 本の題名は「伊豆の踊子」だが、実は川端の10の作品を集めたもので、10番めに「伊豆の踊子」が収録されている。本文275頁から319頁まで、総45頁の作品なのだった。

伊豆の踊子は最後の45頁

 復刻本だけあって、出版当時の旧字、旧仮名遣いで、読んでいて昭和年にタイムスリップしたような感覚になり、当時を知らないくせに、何か懐かしいような不思議な気持ちになる。

 本の内容については、まだ読んでいない人もいるだろうから、詳細は書かないけれど、当時の二十歳の若者(一高生)が、ふらりと旅に出て、伊豆の旅先で出会った旅芸人一座と共に天城山を越え、一座の無垢な踊り子の少女に淡い恋心を抱くが、下田の港にて大島に帰る踊り子達と悲しく別れるという、今で言うならライトノベルのようなもの。最も文体は流石に川端康成、叙情に溢れた格調の高さを感じる。

 そういえば、本文中に踊り子が主人公を見つけ、川向こうの共同湯ではあったが、全裸で飛び出して手を振る場面があった。その姿を見て主人公はその踊り子がまだほんの子供だったことに気がつき、心に清水を感じて、ことことと笑った、とある。そのことで主人公は朗らかな喜びを感じたと書いてある。実にうまい描写だなと思ったが、さて現代の青年達が読んだら何を感じるかな?理解できるかな?とも思った。
 この場面、確か映画化の時にも、どう描くのか話題になったような記憶がぼんやりあるけれど、実際どうだったのか、今さらながらちょっと気になる(笑)

 今回復刻本というものを初めて読み、今から百年近く前の初版本と同じ装丁、文体に触れて、「あ〜、オリジナルって、本当にいいものだな」と実感した。
 特に装丁などは、当時の雰囲気がよく伝わってきて、泣けてくるような気持ちになる。そうして、復刻本を読む喜びを味わわせてくれた親戚に、密かに感謝するのだった。

本の初めにある挿絵
なんとも味がある