2025/06/26

漫画で「奥の細道」

芭蕉の名句、どんな状況で作られたか知っている人は少ない


 「奥の細道」といえば知らない人はいないくらいに有名だ。ただし、漠然と松尾芭蕉の紀行文くらいと覚えてはいても、内容を読んだ人がどれくらいいるのだろう。有名な最初の書き出しくらいは微かに記憶にあるかもしれないが。

 月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。

 しかし、たとえ奥の細道を詳しく読んだことがなくても、次のような芭蕉の名句を知らない人はいないだろう。

 (平泉)  夏草や 兵どもが 夢の跡
 (立石寺) 閑さや 岩にしみ入 蝉の声
 (最上川) 五月雨を あつめて早し 最上川

 恥ずかしながら、かくいう私も「奥の細道」の文庫本や、「えんぴつで奥の細道」という書写本を持ってはいても、実は内容には目を通したことがなかった。つまり積読状態で、やはり古典は読み始めるにはハードルが高い。
 そんな私が図書館で最近ハマっているマンガ日本の古典シリーズの中に、この「奥の細道」を見つけたとき、これはもう読むしかないと思った。


 私が好きな漫画家、矢口高雄さんが描いているのも嬉しい。
 というわけで、早速白岡図書館で借りて読んだのだった。

 奥の細道は江戸深川の芭蕉庵を出発地とし、終着地岐阜大垣までの全行程約5ヶ月間の各地での出来事に、折々の俳句を読み込んでいる紀行文なのだが、漫画では主に行程の三分の一、奥州平泉から月山までの出羽路の部分が描かれている。
 著者の「あとがき」によれば、平泉からの出羽路が、もっとも奥の細道らしく、そこで詠まれた歌が「奥の細道」を代表する名句ともなっていることから、そこに焦点を当てたとのこと。
 確かにこの本を読むと、奥の細道が分かったような気にさせられるから、著者の狙いは間違っていないと思われる。全体を知りたい人は、この本を読んだ後、さらに原典にあたればよいのだ。

 漫画の良さは、何よりその可視化された情景描写力にある。ここに作者の力量が現れるから、奥の細道は矢口高雄さんで正解だったと感じる。
 たとえば、有名な句の成り立ちが分かる描写がある。

初案句: 五月雨をあつめて涼し最上川
 
 これは、最上川の河港、大石田の高野一栄の元で催した歌仙連歌一巻の発句とされているもので、芭蕉の目に映った最上川がいかにも涼しげであったことを物語る。

完成句: 五月雨を集めて早し最上川

 ところが、いよいよ出立して、川船に乗り最上川を下ってみると、奥の細道に次のように描かれているような危うさを感じた。

 --- 仙人堂、岸に臨みて立つ。水みなぎって舟危ふし。

 この最上川の状態は、もはや「涼しさ」では表しきれず、やはり「早し」がよかろうということになって、現在に知られる完成句となったのだった。

 マンガ日本の古典「奥の細道」では、このように「奥の細道」に描かれた内容だけにとどまらず、いろいろな先人達の研究成果を踏まえて、その旅の途中で催された歌仙連歌の催しでの句やそのときの様子をも描いて、芭蕉の足跡を生き生きと描くことに成功している。それとともに、いわゆる名句となっているものが、数度の推敲を重ねた結果として生み出されたことを教えてくれている。

 漫画で読んでみて、結局文庫本の方も、つまみ読みではあるが、今回目を通すことになり、「奥の細道」に対する関心と理解が深まったように思う。それだけでなく、この日本の伝統文化を支える人々が、もう350年以上も前から全国にいて、活発な活動をしていたことを知り、目から鱗が落ちる思いをしたのだった。

文庫本「新版 おくのほそ道」
原文と解説が一冊にまとまっている

2025/06/17

漫画で「和泉式部日記」など

日本の古典文学は敷居が高く思えるけれど、漫画なら気楽かも


 図書館に行くと、書店ではみたことのないような珍しい本に出会うことがある。もっとも、最近はよほど面白いものでない限り、長い文芸作品を読もうとは思わないので、ついつい気楽に読める漫画コーナーに足が向く(笑)
 しばらく前に、福岡の親戚から赤塚不二夫の描く漫画の古典入門シリーズ 「源氏物語」と「枕草子」をお借りして読んでみたのだったが、これが赤塚不二夫の描き方が上手なこともあり(原作者は怒るかも?笑)、たいへん面白かったので、他にもないかと探すようになっていた。
 というわけで、先週の土曜日に「マンガ日本の古典」(全32巻、中央公論社)というシリーズが絵画・芸術のコーナーにあるのを見つけ、とりあえず次の3冊を借りてきた。 
 マンガ日本の古典1 古事記(1994/11、石ノ森章太郎)
 マンガ日本の古典2 落窪物語(1997/10、花村えい子)
 マンガ日本の古典6 和泉式部日記(1997/4、いがらしゆみこ)

マンガ日本の古典1 古事記
石ノ森章太郎ワールド全開だ

 古事記については、断片的には、因幡の白兎の話や、スサノオのミコトがヤマタのオロチを退治して草薙剣(三種の神器の一つ)を得た話など、 知ってはいるのだが、全体の流れは知らず、今まで本で読もうとしても途中で挫折していた。出てくる神々の数がやたらに多く、退屈になってしまうのだ。今回石ノ森章太郎の手になる漫画では、これはイメージが楽しく、飽きさせないので一気に読むことができた。ところが後書きを読むと、古事記は上・中・下の三巻からなっているのだが、この漫画本はそのうちの上巻だけを漫画にしたとある。
 流石の石ノ森章太郎にも三巻全てを漫画化することはできなかったようなのだが、読者としては、古事記の世界を十分堪能させてもらったので、よしとしたい。

マンガ日本の古典2 落窪物語
白雪姫の元ネタのようなお話

 落窪物語というのは、そもそも題名すら知らなかったのだが、源氏物語よりも前に書かれた世界最古の物語の一つで、継母にいじめられる高貴な生まれの姫が、立派な若君(やがて太政大臣になる)に見初められ、親身に補佐する女官などの助けを得ながら幸せになってゆく、いわば白雪姫のお話のよう。もっとも、白雪姫は魔法が混在するファンタジーなお伽噺であるのに対し、落窪物語は当時の平安京の貴族社会の風習や恋愛観が反映されたけっこう現実味のあるお話だ。この本を読んで源氏物語を読めば、理解がいっそう深まるのかもしれない。

マンガ日本の古典6 和泉式部日記
女性が主人公の源氏物語のよう

 和泉式部日記というのは、なんとなく高校の時に名前を覚えた記憶があった。三年ほど前に姫路のSpring8の友人を訪ねた折に、姫路城と書写山円教寺にも足を伸ばしたのだが、その円教寺に和泉式部日記の作者と伝わる和泉式部の歌塚があり、急に身近に感じたことが思い出さた。

書写山円教寺(天台宗)全景図
書写山円教寺は、西の比叡山とも称される格式高い寺院

書写山と和泉式部
円教寺を創設した性空上人と和泉式部の歌のやりとりの伝説が伝わる

 今回改めてこの写真の説明文をよく見てみると、円教寺を創建した性空上人は敏達天皇の末、橘姓と書いてある。なんということ!、信じる信じないは別にして、我が家に伝わる家系図によれば、始祖は敏達天皇で、橘姓だ。こんなところにも因縁を感じて、和泉式部がさらに身近になった。(信じるものは強い(笑))

 本の内容そのものは、和泉式部と敦道親王という実在した二人の人物の10ヶ月に渡る恋愛模様を描いているのだが、どこまで脚色が入っているのかは知る由もないことだ^^;
 いずれにしても落窪物語を読み、平安貴族社会の様相を頭に入れた後に読めば、すんなりと和泉式部物語の世界に入っていくことができる。源氏物語はこのマンガ日本の古典シリーズの3、4、5巻になっている長編なのだが、それに比べれば一冊にまとまっている和泉式部日記は、当時の人にも読みやすかっただろうと思われた。

 今回古典を漫画で読んでみて、文章だったら絶対読まないものが、こんなに手軽に読めるというのは、言うなれば才能ある漫画家たちが活躍する日本の文化的恩恵だなぁとつくづく感じたのだった。