おはようございます。今朝の白岡は曇り。
気温11℃。
現代の戦争における捕虜の扱いは人道的なのか?と思う朝^^;
過去の戦争における捕虜の扱いは、おしなべて極めて悲惨だ。
20世紀以前には、捕虜は基本的に「ただじゃあ済まない(虐殺される)」し、残念ながら20世紀以降の戦争でも、あからさまな殺害は減ったかもしれないが、捕虜虐待は当然のように行われ、さらにあることないことでっち上げられたあげくの一方的な形式的裁判を経て絞首刑、銃殺刑になった例は数知れない。
現代といえども、戦闘直後の精神状態は、平常時と異なり、復讐心に支配された異常な状態であると言ってよく、人道的処遇はほぼ期待薄だろう。
最近図書館で興味深い本を偶然見つけた。「ドイツ人捕虜収容所、死のキャンプへの道 消えた百万人」(ジェームズ・バクー、1993/11、光人社)という本だ。
第二次大戦後、ヨーロッパで発生したドイツ人捕虜は500万人を越える。戦争末期、ソ連と激しく戦っていた東部戦線は投降が少なかったのだが、英米軍と戦う西部では投降が相次いだという。これはドイツ軍が連合国の捕虜の人道的扱いを期待したからだというのだが、その連合国の捕虜の扱いは、けっして人道的ではなかったことが、さまざまな秘匿資料の発掘によって明らかにされる。
本文から少し引用すると、
「戦争終結直前の1945年4月以降、野ざらし、不衛生な環境、病気、飢餓がもとで、ぼう大な数のあらゆる年齢層の男に加えて、女子供までが、ドイツとフランスの収容所で死んだ。その数は確実に80万をこえたし、90万以上であったこともほぼ確実であり、100万をこえた可能性すら十分にある。捕虜の生命を維持する手段を持ちながら、あえて座視した軍によって、この惨事は引き起こされた。救恤団体の救援の手は米軍によって阻まれた。」
当時、報道機関には虚偽の情報が流され、この事実が知られることはなく、1986年以降、ようやく少しづつ知られるようになってきたという。
今ウクライナでは戦闘が激化し、戦争捕虜が発生しているだけでなく、民間人であってもロシア軍によって連れ去られ、避難という名目でシベリアや樺太などに送られているという。つまり「収容所送り」が行われている。
かってドイツ軍が捕虜になることを恐れ、最後まで抵抗を続けたのがソ連、現在のロシアだ。そのロシアの捕虜となった人々、その収容所での扱いがどうなるかについて、曖昧にしてはいけない、と思うのだった。(その逆も然りだが^^;)