2023/04/18

映画「わたしを離さないで」鑑賞

 映画は映画、小説は小説、それぞれ良さがあると思った朝


 先日読んだカズオ・イシグロの小説「わたしを離さないで」は映画化されているのだが、たまたま地元の図書館の貸し出し用DVDのなかにあることを知り、さっそく予約して観てみた。


 この映画の制作にはカズオ・イシグロも参加しているようで、主人公キャシーを演じたキャリー・マリガンの日本人のような顔立ちに、その趣向を感じる。

 映画は、小説の描写している内容を100とした場合、感覚的にはかなり端折って70程度かなという印象なのだが、ポイントはしっかり押さえていて、概ね忠実なストーリー展開となっている。
 しかし、さすがに映像の持つ力は強く、小説ではさりげなく描かれている部分が極めてリアルに描かれていたり、実に美しい映像美として眼前に展開されると、「うん、これもありだな!」といたく感動した。

 小説を先に読むか、映画を先に観るか、どちらでも良いと思う。
 日本語吹き替えと英語オリジナルで英語字幕付きで2回観たのだが、いずれにしても最後のほうの場面では泣かされてしまう。

 キャリーマリガン、この映画の中では実に清楚な印象なのだが、それから10年、2020年の話題作「Promissing Young Woman」では、また違った迫力のあるダークな役柄を演じて見せていて、すっかりファンになってしまいそう。この映画で演じた主人公の名前が奇しくも「キャシー」だったのは、なんとなく因縁めいていて面白い。

2023/04/05

読書感想「わたしを離さないで」

 読書は思い立ったときに一気にするのが良いと思った朝


 3月27日に、その瞬間がはっきり記憶にないのだが、ぎっくり腰となり、右足の激痛となって現れたため、しばらく静養することになった。静養といっても、足が痛くて直立歩行できないのだから、動きたくても動けないと言った方が正確だ。
 外見上は何の変化もないのに、痛みのためにまっすぐ立てないというのは、生まれて初めての経験で、なんとも苦しい。今まで友人たちがぎっくり腰になっても、その痛みを理解せずにいて皆様ごめんなさい、という殊勝な気持ちになった。

 足に痛みを感じる以外はいたって元気で、ずっと寝ていることもできず、読書をすることにした。ちょうど、図書館から借りてきながら積読状態となっていたカズオ・イシグロの「わたしを離さないで」(原題”Never Let Me Go”、土屋政雄訳、2008、ハヤカワepi文庫)があった。先日読んだ「クララとお日さま」がよかったので、もう一つ読もうと思って借りたのだ。



 結論から先に書いてしまえば、また泣かされてしまった。この作品には人の心を揺さぶる力が確かにある。後から知ったのだが、この作品は英国で映画化されているし、日本でもTVドラマ化されて放映されていた。さもありなん。

  お話しは、主人公たちの幼い日の奇妙な寄宿学校時代のできごと、成長して思春期を迎えたときのエピソード、そしていよいよ指名を受けて使命を果たしてゆく頃の情景が、主人公キャシーの一人称の回想によって綴られてゆく。
 カズオ・イシグロ流の細やかな心情表現によって、いつのまにか主人公の「介護人」キャシーが私の心に入ってきて、私自身が持っているリアルな思い出が断片的に重なり、その世界に没入してゆくことになった。特に表題となっている”Never Let Me Go"が、全くの架空の歌手の楽曲であるにも関わらず、カセットテープに収録されているという設定が、妙に私に懐かしさを感じさせて、共感を呼び起こし、文庫本の表紙にカセットテープが使われているのがじわりと来た。もっとも映画化されたときに、それらしい曲ができたようだ。

 主人公キャシーとその友人ルースそしてトミーという少年との間に起こる出来事を中心にして話が展開するのだが、登場人物たちの状況設定(提供者として定められた運命)を別にすれば、そこで描かれる世界は私たちの日常となんら変わらない出来事に満たされおり、そのこと故に最後に描かれる情景があまりにも切なくて泣かされる。

 現実には(今のところ)あり得ない社会状況設定と、主人公たちがあまりにも従順に自らの運命を受け入れることに、多少の違和感を覚えるのだが、そこはファンタジー小説の世界と割り切らねばならない。小説には現実味のないほうが自由に描けるという特性があるのだ。

 カズオ・イシグロはこの作品ではクローン人間と臓器提供という重いテーマを扱い、「クララとお日さま」ではAFという人工知能ロボットの「愛情」をテーマとするなど、けっこう時代の先端を走る小説家というイメージが私の中に出来上がった^^; 折りしも ChatGPT というChat形式で答えるAI(といわれるもの)が脚光を浴びている現状を見ると、時代を預言する小説家と言っていいのかも、と感じたのだった。ただし、本作品のような世界がやって来ることは勘弁してほしいが。