2025/05/25

復刻本「伊豆の踊子」を読んでみた

 川端康成の「伊豆の踊子」は、青春の日の遥かな記憶かな


 「伊豆の踊子」といえば、ノーベル文学賞作家・川端康成の代表作の一つで、私の世代の青春真っ只中、1974年に6回めの映画化もされ、主演した三浦友和と山口百恵がその共演をきっかけにして結婚するに至るというオマケまでついた、忘れられない物語だ。
 調べてみたら、2回めの映画化(1954年)では美空ひばり、4回めの映画化(1963年)では吉永小百合が踊子役を務めるなど、何かと話題の作品でもあるのだった。

 その「伊豆の踊子」の復刻本を福岡の親戚から頂戴したので、読んでみた。何を隠そう、実は題名は知っていても、一度も読んだことはなかった。

伊豆の踊子(復刻本の外箱)
昔の本はこういう箱に入っていたようだ

 復刻本というのは、その本が出版された当時の外観や装丁を忠実に再現していて、その当時の雰囲気がよく伝わってくる。

 今回頂戴したものは、近代文学館の「新選 名著復刻全集」の中の一冊で、この本自身、昭和55年(1980)2月発行だから、すでに発行から45年が経過しているヴィンテージものだ。それでも本自体は少しも傷んでおらず、新品同様で、親戚の方が大切にしておられたことが伝わってくる。貴重なものだなと改めて思った。

復刻本の表紙見開き
表紙には山の絵に、小さく Mount AMAGI と書いてある

 川端康成の「伊豆の踊子」は昭和2年3月初版発行だから、それから53年を経て復刻されたというわけだが、その復刻からもすでに45年が経過したものを、令和7年(2025)になって初めて読むのだから、人生何が起こるか分からない。初版から98年を経て、ついに読むことになった。

初版本の奥付けもちゃんと復刻されている
昭和貮年三月二十日發行、定價壹圓五拾銭とある

 本の題名は「伊豆の踊子」だが、実は川端の10の作品を集めたもので、10番めに「伊豆の踊子」が収録されている。本文275頁から319頁まで、総45頁の作品なのだった。

伊豆の踊子は最後の45頁

 復刻本だけあって、出版当時の旧字、旧仮名遣いで、読んでいて昭和年にタイムスリップしたような感覚になり、当時を知らないくせに、何か懐かしいような不思議な気持ちになる。

 本の内容については、まだ読んでいない人もいるだろうから、詳細は書かないけれど、当時の二十歳の若者(一高生)が、ふらりと旅に出て、伊豆の旅先で出会った旅芸人一座と共に天城山を越え、一座の無垢な踊り子の少女に淡い恋心を抱くが、下田の港にて大島に帰る踊り子達と悲しく別れるという、今で言うならライトノベルのようなもの。最も文体は流石に川端康成、叙情に溢れた格調の高さを感じる。

 そういえば、本文中に踊り子が主人公を見つけ、川向こうの共同湯ではあったが、全裸で飛び出して手を振る場面があった。その姿を見て主人公はその踊り子がまだほんの子供だったことに気がつき、心に清水を感じて、ことことと笑った、とある。そのことで主人公は朗らかな喜びを感じたと書いてある。実にうまい描写だなと思ったが、さて現代の青年達が読んだら何を感じるかな?理解できるかな?とも思った。
 この場面、確か映画化の時にも、どう描くのか話題になったような記憶がぼんやりあるけれど、実際どうだったのか、今さらながらちょっと気になる(笑)

 今回復刻本というものを初めて読み、今から百年近く前の初版本と同じ装丁、文体に触れて、「あ〜、オリジナルって、本当にいいものだな」と実感した。
 特に装丁などは、当時の雰囲気がよく伝わってきて、泣けてくるような気持ちになる。そうして、復刻本を読む喜びを味わわせてくれた親戚に、密かに感謝するのだった。

本の初めにある挿絵
なんとも味がある

2025/04/16

戦後80年と水木しげる再考

  ゲゲゲだけじゃない、水木しげるの漫画の凄さ


 しばらく前に図書館から水木しげるの漫画を借りて読んだ。もちろん「ゲゲゲの鬼太郎」は知らない人がいないくらい有名で、子供も大好きな妖怪のお話。2010年には、朝ドラとして「ゲゲゲの女房」が放映され、水木しげる夫妻が一気に全国区になった。
 だが今回はその「ゲゲゲ・・・」ではなく、水木漫画のもう一つの大きなテーマである戦記物を借りてみた。
 今年は戦後80年の節目、先週の4月7日には、天皇陛下ご夫妻が、戦後初めて激戦地だった硫黄島を訪れ慰霊されたという、大きな出来事もあった。

 いつも行く地元の白岡図書館には、水木しげるの妖怪ものは多く蔵書があるが、残念ながら戦記物はなかった。しかし、お隣の宮代町図書館に「敗走記」、「総員玉砕せよ!」があったので、この2冊を借りることにした。



 これらの漫画は、水木しげるご本人が体験したこと、または戦友の体験したことをベースにして、90%が事実なのだという。ラバウル方面に派遣され、生死を彷徨うような実体験をされているので、描かれている内容は私たちの心にとても迫ってくるものがある。
 戦闘シーンだけではなく、最前線の兵士の日常も描かれていて、私たちの日常とあまり変わらないほのぼのとした内容もあるのだが、やはり戦地の最前線では理不尽なことも多く、死と隣り合わせの緊張感も伝わってきて、思わず目頭が熱くなったりした。
 ほとんどの兵士は、高い理想に燃えて戦闘に参加しているわけでもなく、さまざまな思いを抱きながら、諦念にも似た思いの中で日々を耐え忍んでいたことが伝わってくる。漫画には勇ましい軍歌ではなく、しみじみとした哀しい歌が載せられていた。

可愛いスーちゃんの歌


 特に「玉砕」ということについて、生き残ってはならないという理不尽な掟があり、最後はむしろ軍命による処刑が行われたことについては、なんともやりきれない思いが残る。

 後書きに記された文書にも、そのやりきれなさが滲んでいるように思った。


 戦後80年、さまざまな行事が行われ、またあの戦争を見直す動きも出てくるだろうと思う。基本的には、虚しく戦地に散った多くの英霊に対し、真摯にその慰霊について考える年にしたいものだ。そして個人的には、母が最初の夫をニューギニア戦線でなくし、生まれたばかりの乳飲み児(私の兄)を抱えて、大変な苦労を経験していることもあり、単純に美化する動きには私は与することができないが、同時にアメリカのGHQによる占領政策により歪められてしまった自虐思考、自虐史観からも、そろそろちゃんと脱却して、自立した自尊の精神を取り戻したいとも思うのだ。

2025/03/01

もう三月だ!(令和七年度初投稿)

おはようございます。
今朝の白岡は晴れ。
気温5℃
2025年初投稿の日。

 もう春が来たのかと思うほど暖かな日となる予報、三月初日


 日本海側では歴史的な大雪が続いていたが、太平洋側はこのところすっぽりと暖気に覆われて、今日は日中は20℃にならんかなという勢い。春が近い。

 しばらくブログ投稿せずにいたら、ある人から「◯◯君、大丈夫かな〜、最近ブログが更新されていないし、・・・」とご心配をいただいてしまい、我ながらハッとして、大丈夫なのかな〜と自分で自分を心配してしまった🤗
 行動パターンが変わってきたときは、何か体調(や心境)の変化が隠れていると思われるのだが、自分ではなかなか気づくことができない。そこで少し考えてみたのだが、思いあたったのは、早朝にやっているちょっとしたアルバイトがあり、以前は隔日だったのが、しばらく前から連日やるようになっていたこと。
 そりゃあそうだ、以前は隔日で朝ゆっくりする時間があり、その時にブログ記事など書いていた。毎朝出かけていれば、そんな時間はなくなってしまっていたのだった。
 とはいえ、基本的には心掛けの問題でもあり、日曜日の朝にゆっくり書く時間を作ることにすれば、少なくとも月4回チャンスは来るわけで、今月からはそうしようかなと思った。

 せっかくの2025年初投稿なので、遅ればせながら、今年の元旦に撮影した初日の出と、縁起の良い、朝陽に染まる富士山の写真を掲載しておきます。

2025年元旦初日の出(埼玉県白岡市)
前に写っているのは埼玉県立白岡高校の校庭

白岡から望む朝陽に染まる富士山
これは2025年1月13日に撮影した写真

2024/11/18

東郷神社、ヨックモック、岡本太郎記念館

2024年11月4日(月)振替休日
天気:白岡は晴れ
気温:9.3℃(6:30現在、肌寒い、ウェザーニュースによる)

南の空にはオリオン座、シリウス、木星、火星が輝く、初冬の朝


 つい先日まで「暑い、暑い」と言っていたのが、このところ一気に冷えてきて、着実に季節が移ろうことに、妙に安心したりする。
 久しぶりに明け方の空を眺めると、冬の星座オリオン、そして冬の大三角形をなすベテルギウス、シリウス、プロキオンが明るく光り、そして近くに今は木星と火星が輝いている。
 あ〜、まもなく今年も冬だな、オリオン座を観ると湧く思い。

 さて、冬を本格的に迎える前に、例年なら近郊の山に紅葉狩りに出かけるところなのだが、コロナ禍以降しばらくトレック同行会の活動が息を潜めていたこともあり、10月下旬に、まずは足ならしとばかり、都内ウォーキングに出かけた。

 NHKで2009年〜2011年に渡って放映された「坂の上の雲」が、ちょうどこの10月になって再放送が始まっていたこともあり、それでは「東郷神社」に参ろうか、ということで行程を考えた。
 調整の結果、久々の同行会ウォーキングは、10月20日(日)、JR山手線原宿駅竹下口に9時集合となった。

 東郷神社は竹下口から歩いて5分のところにある。原宿駅といえば明治天皇を祀る明治神宮だが、その近くに日本海海戦でバルチック艦隊を撃破し、日露戦争を勝利に導いた東郷元帥を祀る神社があるのも意義深い。

東郷神社の入り口にて記念撮影
メンバーは美男美女ばかりですが、顔はぼかしました、許してね^^

東郷神社境内の案内図 
神社のシンボルがなんと「Z旗」!

 神社の中は人もまばらで、静寂に包まれていた。
 本殿の横壁にZ旗が貼られていたのは少々意外だったが、東郷神社らしい。境内は撮影禁止なので、ご覧になりたい方は神社に直接ご参詣ください。

 東郷神社に参詣後、歩いて千代田線の表参道駅方面まで歩く。
 途中にビルの4階あたりにあるくら寿司を見つけ、つい写真を撮る。田舎に暮らしていると、ビルの中にある回転寿司というのが面白く感じてしまう。

 原宿駅近くのくら寿司
郊外だけにあるかと思っていました^^;

  東郷神社の次の目標はくら寿司ではなく、千代田線表参道駅近く、都道413号沿いにあるヨックモック青山本店だ。ヨックモックといえば有名なシガールという焼き菓子があるが、青山本店には知る人ぞ知る有名なブルー・ブリック・ラウンジというカフェレストランがある。同行会のメンバーがちょうどそこの優待チケットを持っておられたので、そこで少し早めの昼食を、ということになっていたのだった。
 表参道から都道413号を歩いていくと、色々と目を引く建物・展示物があって、退屈しない。山道を歩くのも楽しいが、都心をおしゃべりしながら歩くのも、それに劣らず面白いと改めて感じる。

ヨックモック青山本店前にて
美味しい昼食をいただいて満たされた笑顔の面々✨

 お腹も満たされて、次に向かったのは根津美術館。この美術館は東武鉄道の社長などを務めた、初代根津嘉一郎が収集した日本や東洋の古美術品が中心で、国宝7件、重要文化財87件がある日本屈指のコレクションだ。
 ただ、思ったより美術館の規模が大きく、時間が予定よりもかかりそうであったので、根津美術館はいずれまたの機会にしましょうと意見がまとまり、ここは入り口で雰囲気を感じただけで通過することとなった。

 根津美術館の次は、すぐ近くにある岡本太郎記念館。
 「芸術は爆発だ!」の名言で有名だが、それ以上に同行会参加者の男性陣にとっては、1970年大阪万博のシンボル・太陽の塔の作者というイメージが強い。
 岡本太郎記念館は住宅が立ち並ぶエリアの一角に、ひっそりとした佇まいであったが、庭木が鬱蒼と生い茂り、独特の雰囲気が漂っていた。

岡本太郎記念館にて
うっかりしていると横を素通りしてしまいそう

 岡本太郎記念館ではちょうど「ヤノベケンジ:太郎と猫と太陽と」企画展が開催されていて、芸術爆発ならぬ「猫大爆発」の面白い内容を観ることができた。最初、岡本太郎は猫大好きだったのか!と思ったのだが、これは誤解で、あくまでヤノバケンジ氏の企画したものだ。それでも岡本太郎の他の作品と、妙に馴染んでいて、違和感の全くなかったのが不思議といえば不思議だった。

 太陽の塔と猫の宇宙飛行士(?)達
太陽の塔、実は猫を運ぶ宇宙船だった?

岡本太郎のアトリエ
今回2階に、目立たないが、猫が置いてある

 9時に集合してから岡本太郎記念館まで、約1万歩の都内ウォーキングを楽しく終えて、帰りは渋谷まで歩いて解散となった。現在は神奈川で田舎暮らしをしているS氏は、渋谷ヒカリエを見て、「オオーッ、これがあのヒカリエか!」といたく感動されたとか(笑)
 たまには都会に出てくるのもいいもんだ、と再確認した。

(注)この記事11/4に書き始め、11/18に投稿しました。

2024/10/14

「日本のロケット 真実の軌跡」

 先日、白岡図書館でぶらぶら本を眺めていたら、「日本のロケット 真実の軌跡」(宮川輝子著、2013、白順社)というのがあり、パラパラ読んでみると、おや?これは知らなかったなぁ〜、確かにそうかも!ということが書いてあるので、借りてみた。


 歴史の真実は、世の通説と少々異なるところに埋もれているかも

(世の通説は、マスコミによって意図的に作り上げられるかも)

 これは、この本を読んで目から鱗が落ちた、率直な感想です。

 私の持っている常識としては、戦後における日本のロケット開発は糸川英夫のペンシルロケットに始まる、というのが頭にこびりついていたのだった。いわゆる「日本のロケット開発の父は糸川英夫だ」という伝説だ。念の為、理科系の友人達数人にも聞いてみたが、異口同音に「糸川英夫」という答え。
 しかし、これはこの本にも少し書かれているが、当事者たちの宣伝と、それに乗ったマスメディアによって作りあげられたイメージで、じっくり考えてみれば、そんな単純な話ではないことが分かるのだが、一度刷り込まれると、なかなか改めるのは難しい。

 重要なポイントは次のようにまとめられる。
1.固体燃料ロケットと液体燃料ロケットは技術的内容や難易度が大きく異なり、言うなれば子供と大人の違いと言って良い。したがって糸川の当時の東大グループが手がけた固体燃料ロケットと、現在、日本のロケットの中核を担う液体燃料のHロケット(Hinomaruロケット)は、ルーツや開発経緯が全く異なっている。それぞれの仕事に携わった技術者も基本的に別人だ。

2.固体燃料ロケット、液体燃料ロケット、いずれもすでに戦時中から研究されており、その技術を使った兵器はすでに実用化、または実用化寸前まで完成していた。
 ペンシルロケットは、研究・実験用に作られてはいるが、それに用いられているロケット技術は、当時すでに実用化されていたバズーカ砲と共通するもので、日本でも1944年、この技術を用いて「四式二十糎(センチ)噴進砲」が実用化され、硫黄島や沖縄戦で実際に使われている。噴進砲というのは、ロケット砲というところ、いわゆる「敵性語」をきらって命名された言葉だ。

3.液体燃料ロケットの開発過程では、アメリカからの圧力も受けている。
 紆余曲折を経て、主要部品は純国産と言って良いH-IIが1990年代半ば、人工衛星を打ち上げようという頃、米国は包括貿易法「スーパー301条」を持ち出してきて、日本の人工衛星について、公開入札できるよう日本政府に圧力をかけた。日本政府はこれを受け入れたため、当初H-IIでの打ち上げを予定したものが、価格では圧倒的に安い米国製ロケットを利用して打ち上げることになったりしたため、日本のロケットが経験を積む機会を奪われた。
 見方を変えれば、日本のロケット技術が米国と肩を並べるようになることを米国が恐れたと言えるのかもしれない。
 もっとも、H-IIの後継機H-IIAは2001年以降最近まで、高い信頼性と低コストで、多様な人工衛星や探査機の打ち上げを行なっており、すでに国際的に認められるようになったことは大変喜ばしいことだ。
 時代はさらに進み、今やH3ロケットが打ち上げられるようになった。今年の2月に試験2号機が無事に打ち上げられたのは記憶に新しい。

 さて日本のロケット開発の歴史について、従来の糸川伝説とは異なる視点から書かれたこの本は、とても面白く読めたのだが、技術者ではなく、その奥様が書かれたためか、いくつか正確ではない記述があるのは残念だ。それでも従来の思い込みをぶち破ってくれた点は大いに評価されるべきと思った。

2024/09/20

特急こだま、の時代

おはようございます。
今朝の白岡は曇り。
気温25℃。

 9月も下旬となる朝、最高気温36℃の予報にため息つく


 今年の暑さは異常で、9月18日、気象観測史上最も遅い(東京での)猛暑日の記録を82年ぶりに塗り替えたという。そして今日もまた新記録を更新予定だ^^;
 今までの記録が1942年9月12日だった、というのは少々意外で、昔といえども暑い時は暑かったんだな〜と思ったのだが、それにしても、中秋の名月を越えてなお猛暑日が続く、というのはもうそろそろ勘弁してほしい。

 さて、連日暑さが続くおかげで、日中外出する気にもなれず、家にこもってついつい映画などを観るのが生活パターンになってしまったのだが、ネットの時代の恩恵、動画(映画)配信サービスで、好きな時に好きなものを選んで観られるのはありがたい。

 最近は古い映画も、東宝名画座などのサブスクで観ることができる。昭和の香りが溢れてくる名画の数々、懐かしさを通り越して、むしろ新鮮に思えたりもする。
 懐かしさについて言えば、特に感じるのは、映画のストーリーもさることながら、画面に映し込まれた市井の風景だ。映画が撮影されたその当時の街並みや、行き交う自動車、路面電車、人々の服装など、ただただ見惚れてしまう。

 先日見たのは「特急にっぽん」というフランキー堺主演のコメディー映画で、特急こだまの車内が舞台のドタバタ喜劇なのだが、1961年製作の映画なので、新幹線の「こだま」ではなく、東海道線を走る「こだま」というのがミソ。
 東京ー大阪が新幹線ができる前は、特急こだまで6時間半かかった、というのはもう多くの人は知らないことだろうが、そういうことを知っている世代にとっては、もう懐かしくて涙が出そうになるくらい(笑)
 昔のこだまは、よく見ると今よりも顧客サービスが良い場面(食堂車)もあり、「ああ、こいう時代もあったな〜、良かったな〜」などと思ったり。
 関連して、私自身の中学校の修学旅行は、修学旅行専用列車「こまどり」に乗って名古屋〜東京を往復したのだが、ちょうどこの映画で描かれた時代に重なり、車内にスピードメーターが表示されていて、「あっ今時速百キロを越えた!」などとはしゃいでいた記憶が蘇った。


 しばらくはまっていた若大将シリーズもそうだが、古い映画の楽しみは、背景に発見する当時の市井の風景と、それによって呼び起こされてくる自分の記憶だな〜と、しみじみ思うのだった。

2024/08/12

古き良き若大将

 若大将シリーズを堪能しているオリンピックの夏



 パリオリンピックも今日がついに閉会式。
 開会式から何かと問題の多い大会で、誤審ピックと揶揄されるほど不可解な判定がいくつもあったりしたが、日本チームは海外での大会では過去最高の、金メダルが20個という実績をあげた。
 もっとも金メダルの内訳を見ると、レスリングで大量8個、柔道で3個、体操で3個、スケートボードで2個など、スポーツの世界ではメジャーとは言い難い種目に偏っている感は否めない。それでも、フェンシングというヨーロッパの伝統的種目で金メダルを獲得したのは実に快挙で、素直に喜びたい。
 フェンシングで柔道の仇をうつパリオリンピックかな、😁

 さて、連日のオリンピック中継にも少々飽きてきた頃、Amazon Prime Videoで、東宝名画座の無料体験2週間というのが目につき、往年の名作が揃っているようでもあり、こいつはいいやと見始めた。黒澤明の「七人の侍」やら「隠し砦の三悪人」などが無料で観られるチャンス到来!と思ったわけだ。特に「隠し砦の三悪人」に出てくる雪姫役の上原美佐という女優さんが、福岡の親戚のお母さんの高校の先輩で、ある日学校に遅刻しそうになって、走っていたら、一緒に走っている上原美佐さんがいて、その美しさに見惚れた、という逸話を聞いていたので、どんな女優さんかなという関心も湧いていたのであった。

 東宝名画座では、名作をいくつも観ることができる。上記の2作品以外にも、姿三四郎、椿三十郎、赤ひげ、生きる、野良犬、天国と地獄、どん底、などなど懐かしい黒澤明の白黒映画が目白押しだ。しかも三船敏郎、仲代達也、志村喬などの名俳優が、なんとも若々しい姿で溌剌とした演技をするので、嬉しくなってついつい観てしまう。白黒映画といえども、今のSFX全盛の映画にも全く引けを取らない魅せる力が篭っている。
 東宝名画座では加山雄三の若大将シリーズも一通り揃っているようで、懐かしさのあまりこちらも観ることにして、あっという間に無料期間が過ぎ、一ヶ月390円という安さもあって、有料で視聴を継続することにしたのだった。

 加山雄三の若大将シリーズといえば、青大将の田中邦衛も忘れがたく、若大将と青大将に星由里子などの演ずるマドンナが絡む、毎回同じパターンの作品なのだが、それ故にというべきか、安心して楽しめる娯楽作品になっている。
 ちょうど私が中学生の頃、「君といつまでも」が大ヒットしたこともあり、卒業式の後の謝恩会で、友人達と三人で加山心臓、肝臓、腎臓と名乗って合唱したことも懐かしく思い出した。

若大将シリーズ第六作
挿入歌「君といつまでも」が懐かしい

 若大将シリーズは、当時、映画館で一つくらいは観たと思うのだが、今回アマゾンプライムの東宝名画座で観てみると、内容は全く新鮮に感じられ、しかも明るく好印象。また背景に出てくる50〜60年近く前の大学、街並みの風景、走っている車が、なんともノスタルジックで懐かしく、すっかり虜になってしまった。
 古い映画は、登場人物だけでなく、写し込まれた背景が自分の中の記憶を呼び覚ますので、ますます面白く感じるのだろうと思う。
 若大将シリーズは、なんと17作品が作られていることを今回初めて知ったのだが、今やこれらが自宅でゆっくり好きな時に楽しめるというのは、なんという贅沢なのだろうと思う。
 オリンピックもいいけれど、若大将いいぞ〜と言いたい😁

 記憶を掻き立てる映画のイメージをいくつか貼っておきます。
 Amazon Prime Videoの東宝名画座より

記念すべき若大将シリーズ第一作
古き良き昭和が溢れている.....

黒澤明不朽の名作
荒野の七人の元ネタとしても知られる

黒澤明の名作、上原美佐デビュー作
上原美佐の凜とした初々しい演技も見どころ