2022/03/03

手塚治虫の影響、その2

おはようございます。
今朝の白岡は晴れ。
気温3℃

久しぶりにパソコンに向かいブログを入力するひな祭りの朝


最近は寒さが和らいで、日中は15℃を超える日も出てきた。
とはいえ、朝は0℃近くまで下がるから、まだ春が来たとは言えないし、おまけに今だにコロナ禍で「蔓延防止.....なんちゃら」がどうのこうのと言われ、気分としてはなかなか晴れやかにならない^^;

そういう気分をパアッとさせるために、結局読書に勤しむことになるのだが、お手軽なのはやはり漫画だ(笑)
とはいえ、最近のものはよく知らないので、どうしても昔のかつて知ったる作家のものを選ぶことになる。
私の場合は、まず手塚治虫から始めようと考えた。

すると、意外に読んでいないものがたくさんあるし、しかも幸いなことに地元の図書館で読むことができることに気づいた^^
たとえば、次のような大作、シリーズものが蔵書になっている。
・火の鳥
・ブッダ
・ブラックジャック
・陽だまりの樹
もちろん漫画以外にも、手塚治虫関連の本がたくさんある。それほど日本文化に大きな影響を与えた人だということがよく分かる。

ものによっては帯出禁止で、図書館内でのみ読むことができるようになっているのだが、自転車で行けば適当な運動にもなって一石二鳥だと思い、しばらく通うことにした.....隠居の特権(笑)。

さて、しばらく前に手塚治虫の影響ということで書いたのだが、手塚治虫が1989年2月9日に60歳で他界していることは、当時海外で仕事をしていて、その頃の日本の事情に疎く、全く知らずにいたので、今回「一億人の手塚治虫」(JICC出版局、1989/8/20)という追悼本を読んでそれを知り、ある意味ショックだった。
人間臨終図巻にもそんなこと書いてなかったし.....^^;

その本の中に、手塚治虫の家系図が載っていて、伊達藩御典医手塚良仙のひ孫にあたることが示されており、親族には陸軍中将、東京市長を務めた人やら、東大の先生、日本画家など、錚々たる人々がいることを知った。さまざまなジャンルの作品を残した背景にはそういう親族関係も影響しているのかな、とこれは一人納得。

手塚治虫が大阪大学医学部出身で、医師国家試験にもちゃんと合格していることは知っていたのだが、先祖が御典医だったことまでは私は知らなかった。
実を言えば、私の高祖父は尾張藩御殿医だったので、ますます手塚治虫に興味が湧いて、そう言えば「陽だまりの樹」というのは、その手塚良仙のことを描いた漫画だったことに思い至り、さっそく「陽だまりの樹」を読んだのだった。
(長くなるので、今回はここまで)

一億人の手塚治虫(JICC出版、1989)表紙
最初図書館で借りたのだが、結局Amazonの中古品で購入してしまった^^;
なんと1円だったが、私の購入品は幸い新品のようにきれいで感激した^^

2 件のコメント:

  1. 記事を拝読すると、まだ読んだことのない、私の知らない名作が沢山あるのだなあと思います。手塚治虫は、鉄腕アトムのような未来を予測する作品も残した人ですね。今生きていたなら、どんなことを話されただろうと思ったりします。。。

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  2. Cecilyさん、遅ればせながら、コメントありがとうございます!
    最近はブログから遠ざかっていて、気づくのが遅れてしまい、すみません!!
    もう日課のように図書館に通って、手塚作品を読んでいました。
    手塚作品の少し粗雑な点にも気がついて、自分も成長したわいなどと感じつつ(笑)ですが、いずれにしても、興味の尽きない偉大な人ですね!

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